シンメトリーの技
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写真(クリックで拡大)は表側から見た我が家の外観である。写真右側は約1.8メートル切り落としたシンメトリーでない大屋根の家なのだが、デッキやシンボルツリーで右の屋根の庇を隠すことでシンメトリー(二等辺三角形)に見える工夫をしている。建築日記その1の初めにも書いた大屋根へのこだわりの賜物である。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
壊される窓
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オープンハウスも無事終了。2004年1月15日に引越した。引越と言えば、驚いたのは費用の安さ。40坪の家の荷物の引越費用約60000円(サカイ)。いくら市内とはいえ、丸1日、2台の車と3人(結果的に夕方から5人に)稼働で大丈夫か?といらぬ心配をしてしまう。さて、入居後としばらくのこと、鎌倉市役所の完了検査をした。準防火地区の3階建の法規に沿って完璧に準備していたにもかかわらず、4か所の不備が指摘され不合格。(1)階段に手すりをつける(これはあとでつける予定だった。)(2)3階の小屋裏の非常用侵入口の幅が2cm足りない。(3)同、非常用侵入口の天窓が90度開口しない。(4)3階の部屋は平均天井高さが210cm以下なので居室として認めない。の4点。天窓に関する(3)指摘は全国でも類を見ないと窓メーカーの談。消防士はいざとなれば窓をハンマーで壊し侵入するので、あまり意味のない指摘だが仕方ない。窓の改良工事に踏み切った。写真(クリックで拡大)のように、西側の窓は開口が100cmになるよう、外の窓枠の角切りをした。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
キッチンのお披露目
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何もないキッチンは入居後撮影できないので、キッチンからご紹介しておく。このクラシックなレンガブリックと木製(無垢)のキッチンが我が家の生活の中心となる。照明計画も成功した。シンク上は、天窓による自然光採光と夜はハロゲンライトによるスポット照明。ハロゲン球は実際の明るさより明るく感じられる。その他は、電球色の蛍光灯ダウンライトを設置した。さて、このキッチンレイアウトの特徴は、窓からの借景を残すため、流しを窓際にコンロをダイニング側に持って来たこと。夫婦共に料理をするので、ゲストと会話をしながら料理ができる。ゲストと言っても近所の友人ばかりだから、コンロの前に立った人が即料理長である。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
珪藻土入り壁紙
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オープンスペース(玄関や廊下、リビング)の天井は珪藻土。クローズ部分(居室やトイレなど)と階段の天井はクロス貼りとした。塾長としてはビニールクロスは絶対避けたかったので、壁紙は、東リの珪藻土入りにした。聚落壁風にザラザラと珪藻土の粒子が着いていて、ワラなども微妙に混ざっており、珪藻土の壁ととてもマッチしている。チャイのような色でとても素敵だ。壁と天井の仕上げが終わると、照明や設備の取り付け、浴室と和室を除いて、室内の養生シートは全て取り去られ、後はDIYの床と階段を塗って完成という予定だ。とりあえず、引越は2004年1月15日に決定した。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
キッチンの壁はレンガ
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こちらの写真(クリックで拡大)は、キッチンの壁。下地がグレーなのは、レンガのブリックをはるため。今回は、よりビンテージレンガに近いものをインターネットで自分で探し取り寄せた。エピソードブリックという商品シリーズである。仕上がりが今から楽しみである。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
大屋根の家の外観完成
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1日早く足場解体済んだ。写真(クリックで拡大)は正面から見たもの。横幅7.2メートル×奥行き10メートルの家が42坪(セットバック部分を入れると52坪)の土地にドカンと建っている。カーポートなどの空間も数メートル奥行きがあり、大屋根のため、横の路地側から見ても圧迫感は少ない。毎度ながら42坪の土地とは思えない絶妙な配置と10数年来の念願の大屋根の完成に大満足。大屋根と言っても、右側約1.8メートルが削られた左右非対称形なのだが、削られた方は、隣家と接しているのでさほど不自然ではない。ここにアンティークレンガのポーチやアプローチ、植栽やウッドデッキが完成したら、もっとバランスがとれて、雰囲気が良くなるはず。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
塗装はセルフビルド
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写真(クリックで拡大)は、オスモカラーにより塾長自ら塗装した窓である。窓枠とケーシングと窓下台がつき、ダンハウス仕様の手の込んだ窓が完成した。我が家の窓は総数40枚近くあり、間もなく全てをほぼ塗り終わる。左下に見えている長い木材は、壁の床際につける幅木という材料。この他に、窓と出入り口の回りにケーシング(額縁)をつけ、壁の天井際には、まわり縁という木をつける。棟梁と相談して事前に塗装させてもらった。その数は100本以上。室内に取付ける前に塗装できるので、効率よく作業はできたが、棟梁は切断のときのスミ(鉛筆で描く)が見にくいと嘆いていた。とくに塗装色がダークなので暗くなるとまったく見えない。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
木製のキッチンが届く
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キッチンが搬入された。キッチンは施主支給ということで、自分で現場監督をしながらの設置作業。そんな中、ラッキーな手違いもあった。コンロ側がクルミの集成材で、シンク側は人造大理石の天板という発注が、全部クルミの集成材で納品された。価格差で10万円以上のボーナスだ。オーストリア製のチーム7のキッチンは有害物質を使用せず金具以外がすべて木材で出来ている。塗装も植物性オイルと蜜蝋ワックスで環境に優しい。価格も輸入キッチンとしては安い方である。我が家のキッチンも設備を除くと220万円ほどで、施主支給のため、これにビルダーに管理費や設計料などが加算されることはない。ダンハウスのキッチンもINVITAというデンマークのメーカーで品質の良いものだが、チーム7の方が格上である。なにせ家具を作る職人がキッチンを作っているのだから…。長野県からやって来たマテーさんとスタッフによる設置作業は、この日は時間切れとなり、キッチン完成は後日に…。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
DIY塗装の要注意点
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写真(クリックで拡大)は2階の妻用書斎カウンター。こういう平面は一気に塗ることができる。オスモカラーはファンデーションをのばすように刷毛でこすりつけて塗装するのが特徴で、塗装ムラが起こりにくく、重ね塗りも自然なので素人でも奇麗に仕上がる。我が家の塗装色はローズウッドという品名で、くすんだチョコレートのような発色。オスモカラーは、木目がよく出てツヤの少ない仕上りが気に入っている。塗装の最大の山場はフローリング塗りである。ぞうきんがけのようにウェス(布)で塗ることができるので、一気に塗れるが、これだけは週末に子供たちに体験させようと思う。最後に、自分で塗装する場合に、作業後は必ず塗料のついた布(ウェス)などを持ち帰り、水に浸してから捨てるようにすること。ウェスが自然発火する可能性があるからだ!これだけは要注意!(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
室内塗装はDIYで
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今回の家づくりのポイントは、室内の木部をすべてDIYで塗装したこと。写真(クリックで拡大)は窓木部の塗装。オスモカラーのワンコートオンリーという自然塗料を塗っている。以前より自然派素材やセルフビルドによる家づくりを提案してきたため、自ら実践するのは当然のことだ。また塾長はSOHO自営業のため塗装にかかる膨大な時間(主に平日)をコントロールしやすかったのも大きな理由だ。週末DIYでは、他の職人の工期全体に迷惑をかける(完成時期を決めなければそれも良い)。予定では、のべ100時間以上の肉体労働が待っている計算になる。窓本体はまもなく塗り終わるが、この上にかざりの木枠とケーシングがつくので、40枚近くある窓の塗装完了はまだまだ先だ。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
外壁工事1階
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外壁の工事が続いている。写真(クリックで拡大)は1階の外壁の下地に、黒い防水紙を貼り、その上にモルタルがからみつきやすくするためのラス網が貼られている。左官屋さんが、この上にモルタル下塗り→中塗り→シーラー→仕上下塗り→仕上げ塗りなど数回の工程で塗装工事を行う予定である。塗り壁の色はオフホワイトで、少しコテで荒らした仕上を目指している。こういう時、ダンハウスでは、「○○邸にようにお願いします。」と家の仕上を示せばイメージの違いが少ない。しかし、コテの表情は微妙で同じ人でも、まったく同じ表現は難しい。外観は塾長にとっては、とても重要なので現場で確認をすることにした。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
羊毛のセーターを着た家
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写真(クリックで拡大)のとおり断熱材が入った。一般的な住宅の断熱材は半せいぜい5cmから7cmのものが入るが、我が家の断熱材は厚さなんと10cm。まるで羊毛のセーターを家全体が着込んでいる感じである。断熱材を敷設するときは、ピタッと壁の奥に押し込んではいけない。日本の多湿な気候に耐えられるよう、断熱材の外壁側に2cm程度の通気層をもうけ、躯体内部が呼吸できるようにするのだ。最近では、住宅の高機密化進んでいるが、完全な密閉状態では構造の耐久性に問題がでる。断熱だけでなく、建物の筐体のある程度の通気も考慮しなければいけない。この点は古くからの日本家屋に学ぶ点が多くありそうだ。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
床暖房の配管
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1時間か2時間稼働するだけで、真冬も家中が同じ温度で快適なダンハウスの床暖房は、すでに1軒目の家で体験済み。他の暖房器具を一切使わず、ガス代も月に7〜8千円アップする程度である。夏場も6帖用のクーラー1つでフロア全体がひんやりする。まさに省エネ住宅だ!これも、構造や断熱などの計画と施工がしっかりしているからなせる技である。断熱の出来ていない家で、リビングだけ床暖房を後工事する家があるが、ホットカーペットのような使い方ではコストがかかる一方である。床暖房は足を暖めるものではなく、家全体を暖めるものだという消費者の認識がまだ少ないかもしれない。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
屋根工事始まる!
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ようやく屋根工事が始まった。瓦屋根は、スレート屋根よりも材質が厚く、瓦の下に空気層もできるので断熱効果が高い。コストは瓦の方がだいぶ高いが、我が家は小屋裏空間を再大限活用する設計なので、屋根の断熱性能は優先するべきである。見た目の印象もより重厚であり、外観のデザイン上からも瓦屋根を選択した。
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なにせ道路が狭いので、離れないと屋根が撮影できない(笑)。斜め向かいの駐車場から我が家を写した写真(クリックで拡大)を見ると、だいぶ家らしくなってきた。通常、屋根工事は2〜3日で終わるようだが、ダンハウスの屋根工事は2週間近くかかっている。天窓の数も多く、ドーマーや破風などとの雨じまいが細かい仕上げのため作業に時間がかかるのだ。屋根瓦は、もう少し土褐色風のものを当初イメージしていたが、ビルダーの推奨している標準瓦の中からダークなものを選んだ。瓦が載ったことで、工事現場の通行人には、白壁のスペイン風の住宅をイメージしてい人が多いかも知れない。外壁が出来てくるとまたその印象は、ガラッと変わるはずだ。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
躯体外気貫流システム
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外壁の構造用合板と防水紙が全体に貼られ、窓も全て入り、だいぶ家らしく見えてきた。外壁に打ち付けられている細長い木材は「縦銅縁」で、外壁はこの上に造られる。表層の外壁と構造の外壁の中に通気層を造るのが躯体外気貫流システムだ。この白い防水紙下の構造用合板には、わざわざドリルで穴を開け、ここからも外気が構造壁内に通気するようになっている。これにより、建物の木部を長持ちさせる仕掛けだ。
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この内部の写真(クリックで拡大)は、2Fのキッチンの様子である。SE構法の柱の間が2×6材で補強されている。壁の厚みは、構造部分だけで約15cmあり、その外側に通気層、さらに外壁が仕上げられるので我が家の外壁は25cm近くの骨太仕上げになる。室内から数えると、珪藻土→珪藻土下地→石工ボード→アルミシート→断熱材(ロックウール)→通気層→構造合板→防水紙→外気通気層(縦胴縁)→塗り壁下地用杉板→防水シート→ラス網→外壁塗装下地モルタル→外壁下地塗装→外壁仕上げ塗装と15層あり、これが夏は涼しく、冬暖かい家を実現する手のかかった建物構造なのだ。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
準防火地区の木製サッシ
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上の写真(クリックで拡大)はリビングの大屋根の勾配にかかる天窓。窓から向いの借景(屋敷林)が望める。良く見ていただくと、窓ガラスに金網のような格子があるが、これが準防火地域に対応した防火仕様の窓である。最初はこれが嫌で、なんとかならないか苦心したが、前に住んでいた市ヶ谷のマンションのサッシにも網が入っていたのを思い出し、準防火地区はそれだけ高い容積の建物が建てられるので規制は仕方ないし、慣れてしまえば気にならないだろうと思うようになった。ただし、金さえ出せばあとで3重ガラスの部分のみ交換できる。商売で少し良い時期があったら、景色が見える窓や、バルコニーに面した窓などは、交換しようかと思っているのだが…。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
野路板がはられる
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屋根に野路板という合板がかかる。この上に防水紙をはり瓦をのせていく。雨が多いので、早く屋根がかからないと、構造がぬれてしまう。構造の柱などの木材は、濡れても中までは濡れないので安心だそうだが、合板などは、濡れたままだと弱る恐れがある。そのため棟梁は、お盆もほとんど休まず現場に来てくれている。上棟までは、あっと言う間だったが、この後は、毎日少しずつ丁寧に仕上げていくのがダンハウス流のようである。材料も手間も、建て売り住宅と比べれば(比べるなって!)倍以上つかっているので、2回目の注文ながら驚いた見積もりにも、納得ができる今日この頃である。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
骨太感あふれる家の構造
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土台をとりつけた状態で撮影しようと思っていたら、あっというまでここまで立ち上がってしまった。柱の上にSE構法オリジナルの金物が見える。柱はすべて13センチ角のものだが、やはり骨太感がある。ビルダーが言う100年住宅も納得できる構造である。2階の構造柱をくみ上げる前に、2階の床を先につくるようである。棟梁に了解を得て、はじめて2階に梯子で登ってみた。上から見る周りの風景は鎌倉駅から4分とは思えない緑が多く目に飛び込む景色であった。
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土台の写真(クリックで拡大)です。土台はすべてボルトで固定されています。角の構造柱の部分には2本のボルトがSE金物と接合されています。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
基礎完成
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基礎が完成した。ベタ基礎のせいか、すっきりした印象である。奥に水が数センチたまっているが、ここは和室で畳の厚み分が低くなってい部分である。基礎の上に立って、お決まりの「ここが寝室でここが…」の行動はするものの、2軒目のせいか、思ったより大きいとか小さいとかの感動はあまりない。基礎ができると、次は土台を作ってSE金物を組んで建物の構造をつくる工程に入る。今回は地元なので、地鎮祭には近所の仲間を呼んで生ビールでパーティーくらいしたいと思っている。
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こちらは基礎のアップ!2本のボルトでSE金物と結束される。その他に土台を結束するボルトがある程度の間隔で並んでいる。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
意外な基礎立ち上がり
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写真(クリックで拡大)は、基礎を打つためにコンパネで型を造る作業。このパネルの天端部分が基礎の上部であると推察される。よく見ると2本の金属製のボルトが各所に立ち上がっているが、これはSE構法の構造柱の金物に直結される。基礎の根深くからボルトで固定されるのでいかにも丈夫で安心だ。
塾長も意外だったのは、写真奥(風呂場部分)の基礎の立ち上がり。浴室がバスタブまたは腰高部分くらいまでコンクリート造で立ち上がる。よく見れば見積もり書にも書いてあるが、こういう部分は施主との打合せの話題には出ないクオリティの違い。最近の住宅は、コンクリートと木部の段差の取り合い(どのように収めるか)が難しいことと、ユニットバスの普及で、おのように基礎を立ち上げることは減ってきているようだ。水まわりは木だと腐りやすく、100年住宅を謳うビルダーらしく、このような選択をしているだろう。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
ようやく着工
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写真(クリックで拡大)ように3分割宅地のうち、他の2件のお宅は完成し入居が済んでいる。我が家は、建築予算が出た段階で多少プランを調整し、さらに市役所への確認申請など、かなり時間がかかった。また、ビルダーであるダンハウスが忙しかったこともある。何せ、職人チーム(誰にでも任せられる施工レベルではない)の体制から年間せいぜい4〜5棟で精一杯なのだから。
まあ、いよいいよ着工したので一安心した。建物があって初めて法的根拠が出来るのが借地権というものである。借地なので、1年も着工しないのは少し不安があった。写真は、基礎工事を始める前に、高さの基準となる水平線などを出すために敷地内に設ける仮設物「遣り方」を作る作業。いろいろな方向から寸法をはかったり、直角を出す作業をし精度の高い基礎を作り上げる。(次回へ続く)
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ツルピカ電柱がやって来た!
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実際に電柱の移設工事が終わった。工事の際は現場に立ち会うことに…。搬入された電柱を見て、今度はその質感にびっくり!我が家の前の道路は狭いので、1本ものの電柱は入りきれない。そのため、3つに分割できる金属製の電柱が設置されることになったのである。それがもうピカピカ!
塾長としては、鎌倉の街らしさのキーワードを「古色」としている。新建材のようなツルツルピカピカは絶対排除しなければならない。自然素材や古色を表現した外観が望ましいと負担から提唱しているので、このツルピカ電柱を見過ごすわけにはいかない。これから、この電柱を何とか焦げ茶色に塗り替える交渉を開始する。もし駄目な場合は、つる植物を巻いてしまうという手しかないか!(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
電柱移設問題!
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設計プランに時間をかけているうち、すっかり半年が過ぎた。その間、手前の1軒W邸は完成。奥の1軒S邸も6月(2003年)完成予定である。我が家の着工前の一仕事であったのが、電柱の移設問題。上写真(クリックで拡大)のように敷地の角に既存電柱があるので、移設しないと奥のS邸へ車が入れない状態だ。契約で、車の動線を確保するよう隣地と協定している。これを何とかしなければならないのだ。
しかし、最近は、公道に移設できないので、我が家の宅地内設置するしかない。しかし変な場所に設置すると、我が家の駐車場の動線の邪魔になるし、角に設置したとしても玄関アプローチの風情が台なしとなる。電柱だけなら良いのだが、この電柱が終点なので、それを支える支線も必要となる。これは問題だ。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
10坪セットバック
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古家の解体がようやく終わった。写真(クリックで拡大)のアスファルト道路は現況2mである。これに、我が家の敷地内の1mをセットバックして3m道路になる。角地のためセットバック部分だけで約10坪もある。しかし、所詮我が家はお寺さんの借地であるからあまり気にしない。もともとそれも勘案されての借地価格である。
ブロック塀の中の緑は路地をはさんで向かいの大きなお屋敷の屋敷林。我が家のリビング・ダイニングからは絶好の借景となるだろう。また若宮大路側も2階からは源氏山の山の端がが望めるなど、駅から近い中心地のわりに鎌倉らしさが味わえると期待して契約した借地である。ちなみに旧法借地なので20年毎に更新し、子孫まで永住ができる。(次回へ続く)
※こちらは、現在の自邸建築(2004年竣工)の記録です。
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